昭和9年(1934年)創業『琴三味線 平塚石村屋』として平塚の地で祖父、父と私で三代目、平成17年(2005年)より自宅であった茅ヶ崎に店舗を移して営業しております。
『石村屋』と言う名前のお店は都内や神奈川県内に数店舗ございますが、各店舗は個々別々で商売してますのでご注意下さい。
演奏会や配達等で留守の時がございますので、来店時はお電話いただけると幸いです。
県内は配達による出張費は頂きません。
当店の四ツ皮は奈良橋本さんの皮です。
石村屋オリジナル商品
箱根畑宿浜松屋さんにお願いして製作
石村屋オリジナル商品
成立は15世紀から16世紀にかけてとされ、戦国時代に琉球(現在の沖縄県)から伝来したもの。他の多くの和楽器と比べ「新しい楽器」である。基本的にはヘラ状の撥を用いるが、三味線音楽の種目により細部に差異がある。近世邦楽の世界、特に地歌・箏曲の世界(三曲)等では「三弦」、または「三絃」と呼称し、表記する事も多い。雅語として「みつのお(三つの緒)」と呼ばれることもある。沖縄県や鹿児島県奄美群島では三線とも呼ぶ。 楽器本体は「天神」(糸倉)、「棹」(ネック)、「胴」(ボディ)から成る。さらに棹は上棹、中棹、下棹の3つに分割出来るものが多く、このような棹を「三つ折れ」という。これは主に収納や持ち運びの便のため、また棹に狂いが生じにくくするためである。分割されていないものもあり、「延棹」と称される。逆に5つ以上に分割できるものもある。 素材には高級品ではコウキ材(インド産)を用いるが、シタン、カリン材(タイ・ミャンマー・ラオスなどの東南アジア産)の棹もある。以前はカシ、クワ製も多かった。固く緻密で比重の高い木が良いとされる。胴は全て花林製だが昔は桑、ケヤキのものもあった。上級品では、内側の面に鑿(のみ)で細かな模様を一面に彫り込む。これを「綾杉」といい、響きを良くすると言われている。 三味線の稽古をする猫(歌川国芳「猫のけいこ」 天保12年(1841年)) 革は一般に琉球三線のニシキヘビの皮と異なり、猫の腹を使用していたが、高価な事と生産量の減少により、現在は稽古用など全体の7割程度が犬の皮を使用している。 三味線が良い音を出すためには、胴の大きさの範囲内で厚みのある皮を使うことが必須となる。このため牛革では大きすぎる。小動物で入手が容易な理由で、琉球時代の三線から改変を経て猫や犬が使用され、試行錯誤の末に江戸時代に現在の形が完成された。現在は、猫や犬の皮はほとんどが輸入品である。また、皮以外の棹の材料の紅木をはじめ胴と棹の材料である花林、糸巻きに使用される象牙や黒檀、撥に使うべっ甲なども同様である[1]。 現代では、胴に合成紙を張るなどした簡易版の三味線も製作されている。入門用や、動物愛護を重視する欧米観光客の日本土産として購入されている[2]。 糸(弦)は三本で、絹製。津軽三味線に関しては、ナイロンやテトロン製の糸を用いる事もある。太い方から順に「一の糸」「二の糸」「三の糸」と呼ぶ。それぞれ様々な太さがあり、三味線音楽の種目ごとに使用するサイズが異なる。 三味線を弾く女 通常、一の糸の巻き取り部の近くに「さわり」と呼ばれるシタールの「ジュワリ(英語版)」と同種のしくみがある。これは一の糸の開放弦をわずかに棹に接触させることによって「ビーン」という音を出させるもので、倍音成分を増やして音色に味を付け、響きを延ばす効果がある。これによって発する音は一種のノイズであるが、三味線の音には欠かせないものである。「さわり」の機構を持つ楽器は琵琶など他にもあるが、三味線の特徴は一の糸のみに「さわり」がついているにもかかわらず、二の糸や三の糸の特定の押さえる場所にも(調弦法により変化する)、共鳴によって同様の効果をもつ音があることである。これにより響きが豊かになるとともに、調弦の種類により共鳴する音が変わるので、その調弦法独特の雰囲気をかもし出す要因ともなっている。「東さわり」と呼ばれる棹に埋め込んだ、螺旋式のさわりもある。
『古事記』などに「こと」を弾く場面がしばしば登場するように、本来「こと」は古くから日本に存在しており、呪術用の楽器として使用された様子がみられる。登呂遺跡など、各地の弥生時代の遺跡からすでに「こと」と思われる残片が見つかっており、また古墳時代の埴輪にも「こと」や「こと」を弾く人物をかたどったものがある。つまり、「こと」は名称はともかく楽器としては弥生時代から存在していることになる。その「こと」は五本弦が多く、頭部から尾部に向かいやや広がるような形と、尾部に弦を留める突起があるものが多いことなどから、今日の和琴(わごん)の原型であると思われる。現在も最も普通に「こと」と呼ばれる箏が中国から渡来したのは、奈良時代のことである。
和琴とは別に、奈良時代に渡来した「琴」(きんのこと)は中国宮廷内の祭祀にまつわる楽器として、弦楽器(古代日本では、人間が息を吹き込まねば演奏できない管楽器よりも高尚なものとされた。当時弦楽器はすべて「○○のこと」と呼び習わされる)の中でも重要視されていたらしい。平安時代の『うつほ物語』では琴の伝授が物語の主軸の一つであり、また『源氏物語』にも登場するが、醍醐天皇~村上天皇の治世がモデルと推測される作中世界においても「琴のこと」の奏者は少数しか登場しないなど、早くに廃れていたことが解る。ちなみに源氏物語に登場する奏者は、主人公で臣籍降下した皇子光源氏やその弟の蛍兵部卿宮・宇治八の宮、また源氏の妻の内親王女三宮とその子薫、常陸宮の娘末摘花、明石の御方(母が中務宮の孫)など、多くが皇族または皇室に深いかかわりを持つ人物である。
よく質問される「箏(こと)と琴(きん)の違い」は簡単に言うと柱があるかないかです。 柱があるのが箏で柱がないのが琴です。 柱は絃の下に立てて音程を変える可動式の小さい柱で箏柱とも呼ばれ、箏を弾く上では必要な物です。